NHK『これでわかった!世界のいま』(2020年6月7日放送回)の番組内容とSNSでの投稿に関する要望書

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​2020年6月12日

私たちは、日本およびアメリカ合衆国その他で、アメリカ研究に従事する研究者として、 日本放送協会(NHK)が 2020 年 6 月7 日に放送した国際ニュース番組『これでわかった! 世界のいま』(以下、『世界のいま』)の放送内容および Twitter における番組内容の発信において、看過できない内容が含まれていることに対し、抗議の意を表明し、番組の問題点についての NHK の認識の公表、問題が発生した経緯の解明および今後の再発防止を求めます。

 

6月7日に放送された『世界のいま』では、「拡大する抗議デモ アメリカでいま何が」と題する 26 分の特集において、2020 年 5 月末からアメリカ合衆国内で拡大している警察による黒人への暴力および人種差別に抗議するデモの経緯とその背景が解説されました。番組では、今回の事件の背景には白人による「黒人への恐怖心」があり、今回の大規模なデモの広がりの根底にある人々の「不満」が、アメリカ社会の「右派」と「左派」への「分断」 を加􏰀させていると解説されました。そして、番組で使用された後に Twitter に掲載された 「黒人と白人の貧富の格差」を説明する CG アニメーション動画(以下、「動画」)が、「人種的に無神経」であるとして批判を集め、6 月 9 日に「謝罪」の上、削除されました。

 

私たちは、アメリカ社会で現在起きている出来事について理解する上で、この番組内容とその後の NHK の対応に大きな問題があったと考えます。NHK は、番組の何が問題であったのかは明確にしないまま、「配慮が欠け、不快な思い」を与えたことについて「お詫び」 をして、見逃し配信を停止し、動画投稿を削除しました。しかし、「お詫び」では、そもそも番組の内容の何について「配慮が欠け、不快な思い」をさせたのかが全く明示されていません。また、この番組と動画は、日本における「人種」、とくに「黒人」「アフリカ系」とされる人々をめぐる報道に見られる多くの問題を反映しており、今回の問題を「不快な思い」 といった視聴者の受け止め方の問題に矮小化するべきではありません。さらに、同様の問題は、この番組だけでなく、社会的不正義の是正を求める抗議デモについての日本国内での報道に広くみられるものと考えています。そのような観点から、私たちは、番組内容とその後の SNS での発信には以下のような問題があると考えます。

 

第一に、すでに多くの批判がなされたように、動画における黒人の描き方は、黒人に対するステレオタイプ的な認識をいっそう強化し、その尊厳を踏みにじるものであり、全く許容できるものではありません。動画のなかでは、黒人は、過度に筋肉質な外見で、乱暴で粗野な言葉づかいが強調された男性像で表象されています。その表情や語り方は、怒りを自分でコントロールできないかのように見えます。このような描き方は、黒人を「怖い存在」「脅威」「過度なセクシュアリティを体現する」男性とする典型的なステレオタイプであり、アメリカではこれらのステレオタイプが、リンチや警察暴力で黒人の命を奪うことを正当化してきた歴史があります(1)。今回の抗議デモで掲げられたプラカードの一つに、「I am not a threat (私は脅威ではありません)」がありましたが、これは、ただ町を歩いているだけの黒人が「脅威」として認識され、尋問を受けたり、暴力を受けたりする(そして命まで奪われる)現状を批判したものです(2)。しかし、番組中の動画は、黒人の男性性を攻撃性や感情的 であることと結びつけるものであり、その根底には、人種、ジェンダーの二つの側面からの偏った認識があります。これこそが、今回の抗議運動が問題視する見方の一つです。さらに、番組内の解説では、警察暴力を生み出す要因として「黒人への恐怖心」を挙げていますが、奴隷制から現在の刑務所産業複合体の状況に至る警察暴力の歴史的背景とその中における人種の作用や(3) 、多くの都市において特定地域の黒人の人口比率が圧倒的に高くなり、そうした地域の治安が悪化した理由などについての説明は、全く不十分です(4)。警察側への断片的な取材にもとづく「黒人への漠然とした恐怖」という一方的な説明と、黒人の「攻撃性」のステレオタイプを強調した動画を使用することで、番組全体が警察暴力を容認しているかのような印象を与えています。

 

第二に、動画および番組全体での説明は、抗議デモの現状を正確に反映しておらず、アメリカの人種関係に対する視聴者の理解を歪めるものです。抗議運動の最初の数日間には破壊や略奪も見られましたが、番組が放送された 6 月 7 日の時点で行われていたデモのほとんどは、プラカードを掲げて行進する平和的なものでした。デモには、黒人だけでなく、白 人やほかの人種マイノリティも多く参加していました(呼びかけ人のうちの二人の在米研究者は、現地でこのような状況を確認しています)。ホワイトハウスからの指示で平和的抗議をしていた人々を催涙ガスで追い散らしたり、バッファロー市の警官が市民を突き飛ばして大怪我を負わせるなど、むしろ暴力は権力側によって行使されていました。また、6 月 2 日に発表された米国内の世論調査では、デモ参加者の「怒り」は「完全に正当」という回答が 57%、「ある程度正当」であるという回答が 21%を占め、抗議のメッセージに対しては 広い支持があったことが報道されていました(5)。このように、番組が「生放送」された 6 月 7 日の時点で、デモの実態やその影響について一定の動向が報道されていたにもかかわらず、番組の演出や解説は、その動向を全く反映していません。番組はまず、出所不明の爆発音で始まり、「激しい暴動」という言葉で状況が 紹介されます(6)。そして、米国の地図に「暴徒化」のマークを貼り、略奪や暴力の映像を何度も挿入することで、デモへの偏ったイメージを強化しています。また、6 月 3 日にロイター通信社がデモへの関与は「限定的」と報じた「アンティファ」が、抗議デモ側を象徴する存在であるかのように描かれています(7)。そして、番組内やその後のツイートでは、事件の一部である破壊や略奪を切り取り、アメリカ社会全体の「分断」を過度に強調しています。 アメリカ各地の放送局からの「現地レポート」を含め、6 月 7 日時点での「世界のいま」を伝える番組内容としては、あまりに同時点での国際的な報道内容と乖離があったと言わざるをえません。

 

第三に、「白人」と「黒人」の対立を単純化し、「差別の根深さ」といった表現や、人々の 「不満」が「分断」を生み出すという番組内の説明は、むしろ今回の事件の背後にある人種主義(racism)の姿を不明瞭にしています。現在の人種をめぐる研究では、人種主義は、個人が持つ偏見や差別意識としてだけでなく、科学的根拠がないはずの「人種」にもとづいて 不平等な社会の仕組みが維持・強化されてしまう社会構造を現すものとして、概念化されています。番組に登場した黒人女性のダンナ・キールさんの発言にも、抗議デモのなかのスローガンにも、社会の仕組みとしての人種主義への問題意識は明確に見られますが、番組では看過されています。抗議デモは、警察や司法の場で黒人が不公平に扱われている現状を制度的人種主義(institutional racism)や体系的人種主義(systemic racism)と表現し、その終結を 求めています。このような人種主義の構􏰁を問題としたからこそ、今回の抗議デモが、黒人対白人という人種の二項対立やアメリカ国内の党派的な対立にとどまらず、人種や社会的地位、年齢、地域を超えたきわめて幅広い運動として展開され、日本を含む世界じゅうの人種主義的な歴史や制度に対する異議申し立ての声へと結びついたのだと言えます。番組内の解説は、このような学術研究における潮流からも、アメリカ国内のデモや人種問題に関する報道内容からもかけ離れており、不明瞭な印象論や不必要な両論併記によって、問題の理解を歪めています。

 

第四に、私たちは、国際的な報道水準からかけ離れた解説内容や問題を多く含む表現が、 NHK 内部での制作から放映・発信にいたる過程で、なぜチェック・修正されなかったのかを疑問視しています。Twitter で発信された動画部分は、そのステレオタイプ的・差別的な表現に対して、ジョセフ・M・ヤング駐日米国臨時代理大使による「侮辱的で無神経」という投稿をはじめ、多くの批判的なコメントを集めました。その内容は、アメリカやヨーロッパ の主要メディアで相次いで報道され、問題視されています。「国際ニュースをやさしく噛み砕き、何が問題なのか、何が重要なのか、そして何が面白いのか」を考える番組であるからこそ、内容の事実関係や表現の適切さについてのチェックと検証が必要なはずです。『世界のいま』の制作とチェックの体制にも問題があったと言わざるをえません。

私たちは、アメリカ研究者として、『世界のいま』の放映内容および SNS での発信内容には重大な問題があったと考えます。「わかりやすく」伝えることは、物事をステレオタイプ で単純化することとは全く異なります。この要望書において、私たちは以下の三点を求めます。

 

(1)6 月 7 日放送の『世界のいま』の内容に、どのような問題点があったのかについての NHK の認識を、番組やウェブサイトなどで公表すること。

 

(2)番組がどのようなチェック体制のもとで制作され、なぜ、事実としても倫理的観点か らも大きな問題がある内容が、番組、ウェブサイト、SNS で放送・発信されてしまったのかを明らかにすること。

 

(3)同番組だけでなく、NHK 報道番組においても、人種・人権をめぐる問題を扱う上で、 今回のような問題を再発しないための具体的な防止策を明らかにすること。

 

                                                                                              アメリカ研究者有志一同

脚注

(1 )坂下史子「人種的〈他者〉としての黒人性——アメリカの人種ステレオタイプを例に」兼子歩・貴堂嘉之 編著『「ヘイト」の時代のアメリカ史——人種・民族・国籍を考える』(彩流社、2017 年)第 1 章。

(2) https://www.nytimes.com/article/george-floyd-protests-timeline.html

(3) 矢口祐人・吉原真里編著『現代アメリカのキーワード』(中公新書、2006年)pp.261-265;Michelle Alexander, The New Jim Crow: Mass Incarceration in the Age of Colorblindness (New York: The New Press, 2010) ; 『13th〜憲法修正第 13 条』(Ava DuVernay 監督、2016); 藤永康政「刑罰国家とブラック・ライヴズ・マター運動」『世界』908 号(2018 年 5 月)pp. 162-168.

(4)たとえば、BBCは、4分半の日本語字幕付きの動画で、奴隷制時代から現代に至るまでの警察暴力の背景と課題を簡潔に伝えています。https://www.bbc.com/japanese/video-52960232

(5) https://www.nytimes.com/2020/06/05/us/politics/polling-george-floyd-protests-racism.html 番組放送後の発表ではありますが、『ワシントンポスト』の報道でも、抗議への支持は全体で 74%に達し、抗議が暴力的であったと感じている回答者のあいだでも、抗議への支持は過半数の53%にのぼっています。

https://www.washingtonpost.com/politics/big-majorities-support-protests-over-floyd-killing-and-say-police-need-to- change-poll-finds/2020/06/08/6742d52c-a9b9-11ea-9063-e69bd6520940_story.html

(6) 1992 年のロサンゼルスの状況について、メディアの表象が社会の分断に加担する結果となったという反省から、破壊行動に重点をおく「暴動(riot)」ではなく、不正に抗議する社会運動としての側面を強調した 「蜂起(uprising)」という表現を使用するのが、現在のアメリカでは一般的になっています。

(7) https://www.reuters.com/article/us-minneapolis-police-protests-extremist/us-assessment-finds-opportunists-drive- protest-violence-not-extremists-idUSKBN23A1KU この件は、6 月 4 日に時事通信社によって日本語でも報道されています。https://www.jiji.com/jc/article?k=2020060400703

 

要望書呼びかけ人(順不同)

藤永康政(日本女子大学) 和泉真澄(同志社大学)兼子 歩(明治大学) 貴堂嘉之(一橋大学) 三牧聖子(高崎経済大学) 南川文里(立命館大学) 坂下史子(立命館大学) 清水さゆり(ライス大学) 武田興欣(青山学院大学) 土屋和代(東京大学)梅崎 透(フェリス女学院大学) 矢口祐人(東京大学) 吉原真里(ハワイ大学)

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